「折紙がつなぐ芸術・科学・産業 2024」開催レポート
「折紙がつなぐ」
2024年8月10日から二日間にわたり開催された折紙探偵団コンベンションと連携し、シンポジウム「折紙がつなぐ芸術・科学・産業 2024」が8月12日に東京大学弥生講堂にて行われました。シンポジウムでは、4人の海外ゲスト作家・研究者と、3人の国内作家・研究者・デザイナーを迎えた講演や討議が行われました。さらに、作家・研究者・企業による展示、参加者が自由に持ち込んで触れる展示も設けられました。来場者は約250人に上り、盛況のうちに終了しました。
このシンポジウムは「折紙がつなぐ」の主催によるものです。「折紙がつなぐ」は、国の競争的研究資金(科研費学変B)に採択され2024年4月に発足した3年間のプロジェクトです。このプロジェクトは、折紙の発想を用いることで、形や機能を柔軟に変えられる新しい人工物が次々と生まれる未来を目指しています。このビジョンを実現するために、舘知宏(東京大学)、斉藤一哉(九州大学)、石田祥子(明治大学)、鳴海紘也(慶應義塾大学)を代表とする4研究グループが数学的原理、自然界の折りの科学、設計工学、情報技術の観点から研究を行っています。
しかし、私たちが掲げるビジョンは、研究者だけでは達成できません。芸術・科学・産業が協働するコミュニティの発展が不可欠です。本シンポジウムは、その考えのもとに開催されました。作家コミュニティ、研究者コミュニティ、産業パートナーが一堂に会し、ビジョンを共有し、自由に議論できる場を提供することを目的に企画を進めました。
登壇者。ロゴは、結び文紋をモチーフとした、 野老朝雄氏デザイン
宮前氏によるスチームストレッチの デモンストレーション
折紙研究の現在
シンポジウムの冒頭では、「折紙がつなぐ」メンバーによる研究テーマ紹介が行われました。まず、舘が前川淳氏の作品「悪魔」に出会って折紙の世界に入り、学生時代の折紙創作を通じて一枚の紙から三次元形状を折れるオリガマイザーの開発に至った経緯を紹介しました。その後、鳴海らが開発した自己折り技術と計算理論を組み合わせることで、個々人に適した人工物が作れるようになった現状が解説されました。
続いて、舘と今田凜輝(東京大学)による「パターンと物性をつなぐ折紙数理」では、折紙の曲面としてのふるまいを自然界のしわなどを参考にしながら理解する枠組みや、折紙テッセレーションの動きを「力学系」という数学の枠組みで捉え、その挙動の「なぜ」を探る研究が開始されていることが紹介されました。
次に、斉藤グループの「自然と人工物をつなぐ折紙科学」では、昆虫の翅など自然の折紙を観察して理解することから、折紙を介して様々な人工物を実現する目標や、生物学者、デザイナー、エンジニア、企業など多様な人々をつなぐ意図が共有されました。さらに、石田と中吉嗣(明治大学)による「形と力学をつなぐマルチフィジックス折紙工学」では、従来の折紙工学の形に加え、材料力学により軽量構造を作る方法や、機械力学の観点から制振装置を作る実例が紹介され、流体力学や熱力学の新たな視点からのアプローチも試みられていることが報告されました。
そして、鳴海グループの「機能性と製造性をつなぐ自己折り技術」では、折り目を印刷して加熱することで自律的に折りたたまれる技術「Inkjet 4D Print」など、実際に機能する折紙技術とその産業応用についての紹介がありました。
最後に、「折紙がつなぐ」のリサーチアドミニストレーター金岡大輝(FabCafe / 東京大学)が、FabCafeにおけるものづくりコミュニティづくりや東京大学での「つながるかたち展」のディレクションなどを紹介し、このイベントの目指す「コミュニティづくり」について語りました。
午前中は引き続いて、4名の海外ゲストによるショートトークが行われました。コンベンションに引き続き参加した折紙作家のエカテリーナ・ルカシェヴァ氏は、ユニット折紙とテッセレーションの共通原理について、パターンや作品を紹介しながら解説しました。ルカシェヴァ氏は数学の博士ですが、折紙は数学を勉強しなくても理解して楽しめると強調しました。続いて、MITで計算科学の博士号を取得したクララ・ムンディロヴァ氏は、幾何学を用いて曲線折紙を解析・設計する方法や、アーティストや建築家との協働について紹介しました。
イタリアのアーティスト、アリソン・マーティン氏は、竹や紙の帯などをルールに沿って編むことで生まれる形態を探索しています。講演では、紙の帯で構成された折り畳める立体構造や結晶格子構造が紹介されました。アルフォンソ・ルビオ氏は、航空機のエンジニアとしての経験を経て、現在はMITで、ものづくり領域で博士課程の研究を行っています。講演では、折紙の技術を金属の折りに適用し、軽くて強固な材料を構築する実例が紹介されました。
クララ・ムンディロヴァ氏
アリソン・マーティン氏
芸術・科学・産業
午後は、芸術、科学、産業の各分野から3名の先駆者がスピーカーとして参加しました。折紙作家の前川淳氏は、自身の創作について講演しました。エッシャーやパズル好きとしての興味を持ち、笠原邦彦「おりがみ1-4」との出会いを経て、折紙と幾何学を結びつける活動をスタートしたことや、作品が数学の命題の発見に近い感覚で生まれていることについて語りました。
続いて、大阪大学の生物学者、近藤滋氏が登壇しました。前川氏の話を受けて、自身もエッシャー少年であり昆虫少年であったことを明かしながら、生物の形態形成の原理を解説しました。チューリングパターンと呼ばれる微分方程式を用いて熱帯魚や縞模様が説明できることを実験的に検証したことからはじまり、さらにカブトムシの角の発生時における折り畳み構造の解明、未解明のツノゼミの立体構造の謎について講演しました。
最後に、APOC-ABLE ISSEY MIYAKEのデザイナー、宮前義之氏がものづくりのアプローチについて紹介しました。APOC-ABLEでは、一枚の布から服を作るコンセプトを追求してきましたが、2013年に計算折紙のかたち展を訪れたことをきっかけに、ジャッカード織りと自己折り技術を融合させたスチームストレッチのプロジェクトを開始したと宮前氏は語ります。宮前氏は、Nature Architectsとの協業で、一つのジャケットを一枚の布から自己折りする実例や、自己折りのアクセサリープロジェクトなど、最新の協働の広がりも紹介しました。
前川氏、近藤氏、宮前氏は今回のイベントが初対面でしたが、舘がモデレーターを務めながら対談が進みました。デザインの背後には日常の観察力が重要であること、制約が創作の発想を助けること、生物の形の原理が多くの制約の中で妥協として生まれていることなど、共通する視点が分野を超えて展開し、話題があちこちに脱線しながらトークが進みました。
また、斉藤氏、石田氏、鳴海氏、金岡氏も加わり、異なる分野がつながることで新しい発想が生まれる力や、コミュニティ形成の方法について議論が進みました。今後求められる職能として、材料、ものづくり、消費者、学術などをつなげる仕事や、ボトムアップの技術シーズと産業ニーズのミスマッチを埋めること、学部で学ぶ専門性と領域の境界に存在する実務の最先端をつなぐ役割などが挙げられました。
前川氏、近藤氏、宮前氏の対談。三者は初対面
近藤グループの研究からカブトムシの角のシワ
展示とわしゃわしゃ
会場のホワイエ空間では、芸術・科学・産業による展示と交流の場が設けられました。登壇者の創作作品や制作物に加え、折紙作家の川村みゆき氏、合谷哲哉氏、萩原元氏の作品も展示され、多様な折紙表現やアプローチが紹介されました。また、OUTSENSE、川上産業、城山工業、日建設計、Nature Architectsなどの企業が技術展示を行い、折紙や切紙の技術応用について紹介しました。APOC-ABLE ISSEY MIYAKEのブースでは、スチームストレッチ技術のデモンストレーションが行われ、一枚の織られた布に蒸気を当てて設計通りの折り目が折れる様子が披露されました。
会場には、シンポジウム聴講の参加者が自由に見せたいものを持ち込んで展示できる「わしゃわしゃ」ゾーンも設けました。このゾーンでは、コーヒーブレークやシンポジウム終了後にも「かたち」を見たり触ったりしながら自発的にディスカッションが始まり、終始盛り上がっていました。多くの参加者が折紙の「かたち」の持つ力で交流していました。
本イベントは、金岡氏がコミュニケーションを促す仕組みや展示ディレクションなど全体を統括し、研究室スタッフと学生の強力な力添えによって可能になりました。また、グラフィックデザインの小木央理氏や、ロゴとフォントの制作を担当いただいた美術家の野老朝雄氏など、様々な方々からの協力もいただきました。ご協力いただいた皆様、ご参加いただき場を盛り上げていただいた皆様に感謝いたします。折紙コミュニティから、芸術・科学・産業を束ね最先端領域で活躍する人材が次々に生まれ続けることを目指して、今後も活動を継続していきたいと考えています。
参加者の持ち寄りの展示コーナー 「わしゃわしゃ」ゾーン
「わしゃわしゃ」ゾーンで自発的にはじまる プレゼンや議論
シンポジウム「折紙がつなぐ芸術・科学・産業 2024」
2024年8月12日 東京大学弥生講堂
主催:学術変革領域研究(B)「折紙がつなぐ」
後援:日本折紙学会、東京大学芸術創造連携研究機構
登壇者:Ekaterina Lukasheva, Alison Grace Martin, Klara Mundilova, Alfonso Parra Rubio, 近藤滋、前川淳、宮前義之、舘知宏、石田祥子、斉藤一哉、鳴海紘也、金岡大輝
作品展示:近藤滋, 斉藤一哉, 前川淳, Ekaterina Lukasheva, 鳴海紘也-須藤海-小山和紀, Alfonso Parra Rubio, 今田凜輝-舘知宏, OUTSENSE, 斉藤一哉-城山工業, 萩原元, 合谷哲哉, 川村みゆき, Alison Grace Martin, Klara Mundilova, 石田祥子, 舘知宏研究室×日建設計×川上産業, 舘知宏研究室×川上産業×日建設計, 舘知宏, A-POC ABLE ISSEY MIYAKE, Nature Architects, 下田悠太
Photo:Daisuke Murakami